祭りの案内人のマイスター

マイスター:朝野豊和 祭りの案内人

昭和29年に大町に生まれ育ち、都会で大学、専門学校、研修生活を送る。28歳で大町に朝野整骨院を開業、堀六日町舞台の囃子にかかわりながら、地元の祭りの魅力を再発見する。町内の囃子演奏のかたわら、大町舞台囃子保存会で舞台の調査研究、子ども囃子育成に携わる。「祭りは小さい子どもからお年寄りまでが楽しめる総合文化であり、人生のハレの日である。」と言う。「ただ見物するだけではなく、かかわる楽しさを共有しながら町づくり、人づくりができたらいいですね」と語っている。

大町の夏祭り(お天王さまと稚児行列)

RIMG0353.jpg私が子どもの頃、八坂神社の神輿(市文化財)は市中の小路まで練り歩いたものです。子どもたちはその下をくぐり抜けることで病気にかからないといわれ、われ先にとくぐったものです。
今は、御旅所(商工会館前)で前夜祭をおこない、翌日に大町駅前まで下ります。そして稚児行列と共に五日町を経由し、王子神社へと向かいます。八坂神社の祭神はヤマタノオロチ(八俣大蛇)を退治したスサノオノミコトですが、いつしか祇園精舎(インドのスダッタ長者が釈迦や弟子に寄進した寺)の守護神である牛頭(ごづ)天王と同一視されるようになります。

そして平安初期の貞観11(869)年に、京で蔓延した疫病や災厄に、当時の人たちが退散を祈願し、八坂神社のご神霊をお迎えしたのが祇園祭の由来です。
そんなことから八坂神社渡御祭は、『お天王さま』と呼ばれています。稚児行列は、昭和6年の県社昇格を奉祝し、子どもたちの健やかな成育を願い始められました。
大勢の稚児が市内外より集まり、烏帽子、冠に殿上眉のお化粧をしてもらい、揃いの金襴狩衣の衣装で父母に付き添われ、平安ゆかしい輦車(れんしゃ)を引きます。孫たちの晴れ姿に、見物の祖父母も加わっての賑わいは、大町の夏祭りにとって欠くことのできない風物詩となっています。
王子神社境内では万灯祭・大祓式(6/30.7/1)の準備が進んでいます。舞台町では7月に入るとお囃子の稽古も始まります。夏祭りまであと一月です。