祭りの案内人のマイスター

マイスター:朝野豊和 祭りの案内人

昭和29年に大町に生まれ育ち、都会で大学、専門学校、研修生活を送る。28歳で大町に朝野整骨院を開業、堀六日町舞台の囃子にかかわりながら、地元の祭りの魅力を再発見する。町内の囃子演奏のかたわら、大町舞台囃子保存会で舞台の調査研究、子ども囃子育成に携わる。「祭りは小さい子どもからお年寄りまでが楽しめる総合文化であり、人生のハレの日である。」と言う。「ただ見物するだけではなく、かかわる楽しさを共有しながら町づくり、人づくりができたらいいですね」と語っている。

大町の夏祭り(9 大黒町舞台)


王子の夏祭りも無事に終わり、浴衣まつりでのお囃子道場の演奏も終わり、秋のお祭まで寂しい期間が続きますが、大町の舞台を紹介していきます。概要については若一王子神社のHPを見ていただければと思います。

大黒町舞台は、その出所が分かっており、立川流の装飾彫刻の素晴らしさから、昭和62年に県宝指定されています。舞台の構造は大町では唯一の、外付け前二輪、後一輪の三輪構造で、後方の舵棒を担ぎ上げての転回をします。寄木作りの角柱や多くの彫刻による意匠表現は松本平唯一といっても過言ではありません。この舞台購入にあたり、町の記録『大黒町のあゆみ』には、“該舞台を買うべく検分した。そのおり、組み立て方法を知るため試みに組み立てた際に大夕立が降り、ほこりなどがきれいに洗い落とされて立派な舞台となり、先方にては増金に及び”と記されています。 当時(明治21年)の購入金額500円を現在と比較するのは難しいですが、当時の伊藤博文総理大臣の月俸が800円、日雇い人夫が一日10銭程度、小学校の先生の初任給が8~9円といいますから、当時の1円は現在の2万円位となり、当時の500円は現在の1,000~1,500万円になると考えます。 今となっては値の付けようのない宝物ですが、年に一回のお祭に立川彫刻を楽しんでいます。見上げる彫刻群は、下から見るための形に彫られており、その質感といい見飽きることがありません。首が疲れたら舵棒に目をやってください。二神の力神が縁の下の力持ちとばかりに舞台を支えています。「今年も頑張れよ」と声を掛けると「ふん、わかってるわい」と声がしたように感じました。



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