祭りの案内人のマイスター

マイスター:朝野豊和 祭りの案内人

昭和29年に大町に生まれ育ち、都会で大学、専門学校、研修生活を送る。28歳で大町に朝野整骨院を開業、堀六日町舞台の囃子にかかわりながら、地元の祭りの魅力を再発見する。町内の囃子演奏のかたわら、大町舞台囃子保存会で舞台の調査研究、子ども囃子育成に携わる。「祭りは小さい子どもからお年寄りまでが楽しめる総合文化であり、人生のハレの日である。」と言う。「ただ見物するだけではなく、かかわる楽しさを共有しながら町づくり、人づくりができたらいいですね」と語っている。

大町の秋祭り(6 平地区の稲尾舞台)


resize1054.jpgここ稲尾地区には下諏訪神社があり、西海の口にある上諏訪神社とともに、木崎湖を隔てて位置しています。諏訪湖より5mほど海抜の高い木崎湖面を眺めると、湖水との位置関係に諏訪を彷彿とさせるものがあります。 社宝の薙鎌は明治四十二年に諏訪大社より授与されたもので、安政二年より近年まで、毎年代参として二人あて籾五升の代金を奉納し続けたとのことです。また、糸魚川街道沿いには中世的な地名が残っており、秋葉様に毎夜明かりを灯す夜当番の風習も残されています。



祭りの朝、境内の舞台庫から出された舞台は、幔幕や角灯籠、提灯で飾られ、出発点の北ヤマト園裏手の三叉路へと運ばれます。夜になり、子どもたちを階上に乗せての巡行が始まります。稲尾には「チャンチャン」「ひとつとや」「高い山」といった大町地区と共通する囃子がありますが、奉納曲として「君が代」は異色であり、近隣でもここだけです。神社に到着すると鳥居の前でお祓いを受け、君が代が演奏されます。お神酒が配られ、舞台も境内へと曳かれて和やかな祭りの雰囲気となっていきます。


山と湖に囲まれた小さな地区ですが、昔からの風習や文化を守っていく姿に熱いものが感じられます。後継者不足はこの地とて例外ではありませんが、こうした文化を是非とも絶やすことなく続けていってもらいたいものです。それにしても稲尾とはよい名です。日本人にとっての稲作は国づくりそのものであったはずです。今年もあと僅かとなりました。しめ飾りに感謝を込め、新年に祈りたいものです。