祭りの案内人のマイスター

マイスター:朝野豊和 祭りの案内人

昭和29年に大町に生まれ育ち、都会で大学、専門学校、研修生活を送る。28歳で大町に朝野整骨院を開業、堀六日町舞台の囃子にかかわりながら、地元の祭りの魅力を再発見する。町内の囃子演奏のかたわら、大町舞台囃子保存会で舞台の調査研究、子ども囃子育成に携わる。「祭りは小さい子どもからお年寄りまでが楽しめる総合文化であり、人生のハレの日である。」と言う。「ただ見物するだけではなく、かかわる楽しさを共有しながら町づくり、人づくりができたらいいですね」と語っている。

大町の秋祭り(20 美麻・大塩地区の中組舞台)


中組地域は、大町から県道川口大町線を経て美麻に入る最初の部落です。いわばメインストリートであり、大塩地区の中心であることから付けられた名称とも言われています。部落の中央には村宝の大塩城址があり、城山、堀の内といった城にゆかりの地名があります。

県道より上がった高台にある集会所に舞台庫もあります。舞台の形式は他の地域のものと同じですが、ここ中組の舞台は彫刻も多く、彫も立派で豪華な感じがします。未だ紹介していない二重地区とも共通したフクロウの彫物が目に付きます。東組、北組とも共通した階上の柱も朱塗りで、角灯籠や多くの提灯で飾られ、出番を待っているといった感じです。

若い者たちが飾り付け、長老たちは周囲で見守るといった雰囲気も大塩に共通しているように感じます。写真を撮ったり、覗き込んでいる私に長老の一人が、「兄さんは見かけないが、どこから来なすったね」と声を掛けてきました。大町からと答えると、「昔は獅子舞などもあったが、今は若い者が居なくなり昔ながらの祭りも出来なくなってしまった。戦争は長男まで連れてはいかなかったが、車社会は若者をこの地から連れて行ってしまった」と述懐する姿に、人の暮らしとは何かを考えさせられた気がしました。

nta.jpgかつて私の整骨院で治療をさせていただいた地区の顔役の方も、すっかり好々爺といった感じで、私を覚えていてくれました。「どうだい先生、おらほの舞台は立派ずら、大町の舞台に引けをとらねえんね」と元気いっぱいの笑顔が、この地に暮らし、この地を守ってきた者の誇りとして伝わってきました。提灯を点け、夕闇に出発する時間を確認して、「神社でまたお会いしましょう」と約して舞台を後にしました。