祭りの案内人のマイスター

マイスター:朝野豊和 祭りの案内人

昭和29年に大町に生まれ育ち、都会で大学、専門学校、研修生活を送る。28歳で大町に朝野整骨院を開業、堀六日町舞台の囃子にかかわりながら、地元の祭りの魅力を再発見する。町内の囃子演奏のかたわら、大町舞台囃子保存会で舞台の調査研究、子ども囃子育成に携わる。「祭りは小さい子どもからお年寄りまでが楽しめる総合文化であり、人生のハレの日である。」と言う。「ただ見物するだけではなく、かかわる楽しさを共有しながら町づくり、人づくりができたらいいですね」と語っている。

大町の秋祭り(15 八坂地区の相川舞台)


八坂村と美麻村は平成18年に大町市となり、現在に至っています。美麻には11台の舞台がありますが、八坂には相川の舞台が1台現存します。地名のとおり、山坂の多さは美麻以上であり、こうした地域的特徴から舞台祭りは発展しなかったものと思われます。しかしながら神楽においては素晴らしいものが残されています。

大町市街から県道大町・舟場線に入り、仁科21番札所の『清音の滝』から東山山中を越えて、相川隧道を抜けた右下の盆地状の地籍が相川地区で、22番札所の『覚音寺』へと向かう入口にあたります。大町市街からも近く、十数戸の集落ではありますが、秋祭りの9月23日には舞台を皆で曳きます。

祭りには相川自慢の大きな幟が立てられ、舞台が飾られます。この舞台は大町の舞台の中でも一番小さいと思われる『一津舞台』と同じ位の大きさであり、構造は松本型の舞台で、車輪は内付四輪で、階上には赤の幔幕と角灯籠、松や酒器が供えられます。屋根は松川村の有明山社の舞台と酷似し、骨組みにビニールを張ったものが用いられています。その昔、電化のための電信柱運搬に、舞台の階上部分を外して用いたとの話を聞きました。

囃子は大町のものと共通しており、大町の五日町に囃子を習いに行ったとのことで、昔からこうした交流があったのだと感心しました。大町を見下ろす山深いこの地に、小さいながらも息づく舞台祭りは、八坂に残された唯一の物であり、大町地区との交流の証として、これからも続いていって貰いたいものだと思います



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