祭りの案内人のマイスター

マイスター:朝野豊和 祭りの案内人

昭和29年に大町に生まれ育ち、都会で大学、専門学校、研修生活を送る。28歳で大町に朝野整骨院を開業、堀六日町舞台の囃子にかかわりながら、地元の祭りの魅力を再発見する。町内の囃子演奏のかたわら、大町舞台囃子保存会で舞台の調査研究、子ども囃子育成に携わる。「祭りは小さい子どもからお年寄りまでが楽しめる総合文化であり、人生のハレの日である。」と言う。「ただ見物するだけではなく、かかわる楽しさを共有しながら町づくり、人づくりができたらいいですね」と語っている。

大町の秋祭り(11 平地区の中綱舞台)


大町の秋祭りもほぼ終わり、今年各地で見学させていただきましたが、近年は祭礼日が休日に変更してきている地区が多く、宮司さんも見て回る側も忙しい思いをします。中断していた秋祭りを中綱の舞台から続けます。

中綱地区は中綱湖の畔にある30世帯ほどの地区です。中綱湖には釣鐘の伝説があり、「かつて湖畔にあった十国寺が大地震の地崩れで寺は大つり鐘もろとも池の中に沈み、今でも天気の変わり目には鐘の音が聞こえ、晴れた日には大つり鐘が湖底に見えるいわれ、その鐘はつり上げようにも上がらず、その人には祟りがあるといい、中綱湖の主はつり鐘と信じられている」というものである。

ここの舞台は松本型のものであり、彫刻等の飾りは少ないが、階上部分を上下させる巻上げ機構が床下の車軸となっていて、構造的には興味のあるところである。階上の人形飾りは、鬼が島の鬼が三人がかりでも引けない弓を平然と引いたとの伝説を持つ源為朝で、怖ろしい形相で座る。脇の柱にはからくり仕掛けで弓を持って付き従う赤鬼がいるが、首の動きは何とも可愛らしい。地区の中ほどの中綱水神社から北へ50メートルほどの薬師堂に飾られた舞台の姿は立派である。囃子は大町市内のものと同じ二曲を確認しているが、後継者は少ないと聞く。素晴らしい景観と伝説に恵まれた巡行を何時までも続けていって貰いたいものである。



nakatsuna.jpg