自然観察人のマイスター

マイスター:鹿田敏彦 自然観察人

高瀬の森でカフェギャラリーと温泉付き貸別荘 「ベルヴィル」を経営するかたわら、安曇野を中心に花、動物など自然風景の写真を撮影。観光リポーター、「広報おおまち」市民記者などとして、四季を通じた美しい大町市の風物を市内外に向けて情報発信されている。

猟師とカモシカ

カモシカは大町市のシンボルの「市の獣」でもあります。
国の特別天然記念物に指定されている珍獣で、名前に"シカ"とつけられていますが、実は ウシの仲間です。角は雄にも雌にもあり、抜け替わることはなありません。ふたつに分かれた爪を 利用して上手に険しい所を歩くことができ、岩の上などにじっと立っている習性があります。

仏教でいう前世の物語を意味する「ジャータカ物語」のなかに、「猟師とカモシカ」というお話があります。

昔、ある森の中に、枝もたわわにたくさんの実をつけた、大きなセーパンニの木があり、 その森住んでいるカモシカたちは、いつもこのセーパンニの木の下にやって来て、よく熟した実を食べていました。

一人の猟師が、この木の下によくカモシカがやってくることに気づき、この木によじ登り、根気よく木の枝に座って機会を待っていました。

三日目、猟師はカモシカたちが木の下にやって来たのを知りました。
「しめた、この機会を待っていたんだ。」
彼は、木の実をおいしそうに食べているカモシカの首筋にシュッとやりを投げて捕らえました。彼はそうして多くのカモシカを捕え、その肉を売ってお金をもうけました。

猟師はその日も、木の下に真新しいカモシカの足跡を見つけました。
「ようし、明日も朝早く起きてあの木に登って待っていよう。この足跡の様子だと、カモシカはまだ若くて、きっと肉の柔らかい上物だぞ。」
翌朝まだ暗いうちから目を覚ました猟師は、息を凝らして今か今かとカモシカの来るのを待っていました。

カモシカの群れの中に、一頭のたいへん賢いカモシカがいて、彼はこのごろ、仲間のカモシカが森で殺されてしまうことが多いのに気がついていました。
「あのセーパンニの実を食べていると殺されてしまうってことは、きっとあの木の上に猟師が隠れてねらっているんだ」
そう思ったカモシカは、あのセーパンニの木の真下には行かず、少し離れた場所にじっと立っていました。

一方猟師は、姿のいい、おいしい肉のたっぷりありそうなカモシカが、さっきからこちらの方を見ているので気が気ではりませんでした。そこで、おいしそうによく熟れた木の実をカモシカの方に投げ落としました。

カモシカは、ふいにわざとらしい落ち方で木の実が落ちてきたことを怪しみ、その木を見上げると、枝の中にうずくまっている猟師が見えました。そこでカモシカは、わざと大きな声を上げてこう言いました。
「おうい、セーパンニ君、君はいつも、木の実を真下に落としていたのに、いったいどうしたんだい。今見ていたら、大きなおいしそうな実を、投げるように落としたね。セーパンニ君、君は木の実は真下に、真っすぐ落とすという気の約束を破ってしまったね。これからはもう君の木
の実は食べないよ。ほかの木の下に行って、枝から真下に落ちてくる本当の木の実を食べるよ。さようなら。」
そしてカモシカは、晴れやかな声でうたいました。

セーパンニ セーパンニ
わたしはすべてを 知っている
セーパンニ セーパンニ
だれかが枝に 潜んでる
だれかの投げる 不吉な木の実
わたしはそれを 食べないよ

そのうたを聞くと、猟師はカッとしてカモシカに向かってやりを投げたましが、カモシカには当たりませんでした。

カモシカは振り返り、立ち止まってこう言って森の中に姿を消しました。
「お前はこんなやり方で、わたしの仲間をさんざんひどい目に遭わせたね。お前も死んだら、もっと苦しくて恐ろしくて地獄の中を歩いていくことだろうよ。火の海、血の池、針の山とね。そのうえお前のやりよりもっと痛い責め道具で、つらい思いをするだろうよ。」

「お前はもっとひどい目に。」
「お前はもっとひどい目に。」
カモシカの声が猟師の耳にいつまでも聞こえていました。